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善想寺本堂

善想寺の創建

観音菩薩

善想寺の開基、想阿善悦上人は天文11年(1542年)、上人31歳の春、 洛西疏圃の地を開拓し、一寺を建立された(法名の1字をとって善想寺といった)。浄土宗を弘通し頗る仁慈の徳望家であり上人に帰依せし人々は上下の別なく何万人に及んだという。天正9年5月20日(1581)70歳にて寂せらる。その翌年、孫弟子の法春上人が現今の地に善想寺を再興される。

法春上人は19歳にて鎌倉光明寺に入り浄土教義を究められた。天正10年(1582)、上人25歳のときに秀吉公の招に応じて入京、浄土教を弘め、同年6月大徳寺内 総見院における織田信長公の大葬の時、多くの名僧中に加わり法要を営む。天正10年10月帝都の復興に手をつけられた秀吉公の命により六角大宮、善想寺を再興された。

平安期の800余年前、四条後院(上皇の御所)であったこの地にまつられていた「石仏阿弥陀如来」、また本堂宮殿の菊、鳳凰、御神鏡が表す「皇族がまつる阿弥陀如来」、そして比叡山、伝教大師最澄上人ゆかりの「地蔵菩薩」、善想寺におけるこれらの存在は浄土信仰の重要な歴史を表すものです。

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獏・菊の紋

善想寺本堂

阿弥陀如来(観音菩薩・勢至菩薩)

「善想寺本堂の両脇檀の阿弥陀三尊」
善想寺本堂内両脇檀の三尊は共に阿弥陀三尊です。
その左側の三尊は長野善光寺の阿弥陀三尊の模刻像で、下記はその三尊について「岩波仏教辞典」から引用した文章です。
善光寺式阿弥陀三尊・・・552年(欽明13)百済から請来され、602年(推古10)秦巨勢大夫(はたのこせだゆう)が信濃(長野県)に運んだと伝える善光寺本尊である阿弥陀三尊像の模刻像。平安時代末から鎌倉時代にかけ浄土教の隆盛に伴い、わが国に初伝という善光寺本尊の模刻が流行し、遺品は関東を中心に、ほぼ全国的に分布する。銅造が多く、通常は中尊と左右脇侍を1枚の光背こうはいに配した(一光三尊)形式で、中尊は通肩の衣をまとい、右手を施無畏せむい印、左手は垂下すいかして第1,4,5指を捻じ、脇侍は八角形の宝冠をいただき、両手を胸前で上下に合わせるのが定形。在銘像では1196年(建久7)の甲府・善光寺像(山梨県甲府市)が最古の遺品である。

桐の紋・本堂・菊の紋

本堂宮殿の下部

本堂宮殿の下部

本堂・位牌
盆や彼岸の法要に際して中央にまつる二つの位牌(写真 右)

大悲山・外陣・回向壇

大悲山・外陣・回向壇

本尊阿弥陀仏 左横の法然上人像

法然上人像

法然上人像・善導大師像

法然上人像・善導大師像

般若心経・写経用紙について

皆さんがお書きになった写経を善想寺の本堂仏前に供えます。(料金は不要です)
常時お預かりします。

お預かりした皆さんの写経を[般若心経写経奉納箱](寄付・池坊専永師)に納め、一年間 本尊・阿弥陀仏の階下に安置します。その後は毎年八月十六日の盆せがきでの回向の後、写経用紙を焚焼しその灰燼を【墓地内の納骨・永代供養塔】に納めます。

般若心経写経奉納箱・本尊・阿弥陀仏の階下

善想寺 地図・交通情報 JR二条駅、地下鉄二条城前駅、阪急四条大宮駅近く、京都の中心にあり、街中の好立地でアクセスに便利です。
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