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京都相撲 最後の横綱 兜潟(甲形)弥吉・墓碑

京都相撲・名横綱「兜潟弥吉」の墓碑

当時の京都相撲の第一人者で、孝明・明治の天皇にその人柄を愛された横綱、兜潟はお召しにより参内し、行幸にも随行し国事に尽くした。

孝明天皇より「兜潟、あぐらをかいて楽にするがよい」とのお言葉を受け、あぐらを勅許された話は語りぐさとなった。

京都相撲は、明治六・七年ごろには総勢四百五十名以上を数えた。

兜潟は東京や大阪の相撲に対して、衰えゆく京都相撲の行く末を案じ、由緒ある伝統の京都相撲として立ち直らせ、民衆に愛されるための拠点として相撲協会の設立に全力をそそぎ、その第一歩を踏み出した時、この世を去らねばならなかった。

他の頭取・世話人などの多くは現状に甘んじ彼の理想を解せず、やがて京都相撲は衰亡していった。


「横綱土俵入・兜潟(形)彌吉」


「番付表・東 大関 兜形彌吉」