墓地の分譲・永代供養/京都 善想寺 泥足地蔵
地蔵尊行事・案内
毎月23日午前10時より、地蔵堂内にて祈願法要、皆様のお書きになった祈願文を仏前で読み上げます。ご参列ください。
また、毎月23日と、正月は元日から7日まで、春秋の彼岸は彼岸入りから彼岸明けまでの7日間、各位自由に地蔵堂内に入り手を合わせてください。(9:00~17:00)
地蔵尊(安産など諸願)のお守りは五百円です
泥足(汗だし)地蔵尊について
京に都が開かれた千二百年前から世の人々の心を受け止めてこられた本地蔵尊は、比叡山延暦寺開祖、伝教大師最澄上人自らお彫になった一刀三礼の霊像で、大師一代念持の菩薩であります。
大師亡き後は滋賀県坂本村にまつられていましたが、天正十五年(一五八七年安土桃山時代)の三月二十三日、当山善想寺開山正誉上人がご縁を以って、この寺にお迎えして山門の横に地蔵堂を造り、諸人がお参りしやすくしました。
泥足地蔵尊のいわれ
泥足地蔵尊のいわれは、滋賀県坂本村にまつられていた時のもので、当寺日照りが続き、作兵衛が三日三夜地蔵尊に祈念すると大雨が降り百姓さんたちは田植えを終えることが出来ましたが、作兵衛は腹痛のため植え付けを出来ず、心配した百姓さん達が翌朝見に行くと田植えがすでに終わっています。
不思議に思い地蔵尊にお礼参りにいくと、御腰から足にかけて一面泥にまみれておられ、このお地蔵さんが田植えせられたものと知れ、それから泥足地蔵尊、身代わり地蔵尊と云い信仰されました。
汗出し地蔵尊のいわれ
汗出し地蔵尊のいわれは、善想寺門前にまつられた京でのこと、文化五年秋、堺町の勘兵衛は妻の難産で一日一夜お祈りしていると、家から安産の報せがあり地蔵尊に御礼を申し上げるとお顔一面に玉のような汗が流れていました。
それ以来、汗出し地蔵尊、身代わり地蔵尊と呼ばれ信仰されてきました。そのほか諸願成就は数え切れません。