お問い合わせ
close
法話

永代供養による納骨 墓地の分譲 京都 善想寺

お問い合わせ

法話

平成20年春彼岸会法話

これまで功徳については2回この欄に書きましたが、功徳については平成20年春彼岸の法話からつないできました。繰り返すところもありますがよろしくお願いします。

平成20年春彼岸会法話 「功徳について」

阿弥陀如来には二つの別名があります。無量寿仏と功徳蔵です。

無量寿仏とは大生命、即ち生命活動であり自然と生命との間に生じるものでありここに日本人は神々を捉えます。

又人間が他の動物と異なるところは社会という人間の集まりの中での生命活動でありこの活動は人間と人間の間に生じるものであり功徳はここに生じます。

即ち、日本人は神々と仏を捉えてきました。八正道を得た生命活動には功徳が生じます。

人間と人間の関係には、親子、夫婦、親戚、門友、知己そして社会があります。

それぞれの人間関係において功徳が生じますが広範囲の人間関係である社会においては職業などを通して功徳が生じます。

昔は職業は身分によって支えられてきました。士農工商は身分を表したものですが又職業を表しています。

しかし近代において自由、権利、高度な生命活動に対しては、身分ではなくお金、給料で人間の生活を支えることによって職業を維持することになります。

いろいろな人間関係において功徳は生じますが最も大きな功徳は職業によって生じる功徳でありこれらの多くの功徳が生じ続けることによって一人一人の人間は人間として一生を送ることが出来ます。

功徳は功徳を積む人と功徳をこうむる人の間に生じます。

功徳を積むだけの人もいませんし、功徳をこうむるだけの人もいません。相互のものです。

又先祖は子孫に功徳をこうむらしめることが出来ますが子孫は先祖に功徳をこうむらしめることは出来ません。

しかし仏前法要に参列することは仏教において、最高の功徳を積むことでありそれを回向する。

即ち先祖にその功徳をこうむらしめることが出来ます。これにより三世を通じて功徳が生じるものとなります。

一覧へ戻る
2017 © 京都 善想寺
TOP